丹沢ヤマメと七不思議

深山幽谷に棲む渓魚たちは、時に人にとって神々しい存在に感じられることすらあるのは釣り人であれば誰しも経験するところだと思う。
たとえば、福島から長野の伊那、岐阜の奥美濃地方には「イワナ坊主」という大イワナが旅の僧侶に化けて村人の「毒流し漁」を諌めるといった昔話が分布している。
そういった話は、常に a long time ago(昔々・・・)と抽象的ではあるのだけれど、いずれも谷・淵・滝などステージは共通している。
じつは、丹沢もしっかりとこの手の昔話が残されているのをご存じだろうか。
厚木市市内から県道64号線で小鮎川をさかのぼるように宮ヶ瀬湖を目指すと、湖手前の土山峠を越えるあたりの左手に小さな沢が確認できると思う。
ダムに沈む以前には、中流を四十八瀬川と呼ばれた川音川とよばれた中津川支流が存在していた。
川音川は、ボクの記憶では道路直下の大きな堰堤より下流の四十八瀬川がアシのしげる穏やかな流れで、中津川出合いまで続く渓相だった。
大ヤマメ伝説 音坊ヶ淵
ところで、この川はかつて最上流を堤川と呼れ、このように流程の短い流れにおいて呼び名が3つも変わることすら不思議な川である。
ところで、この堤川にあたる最上流が大ヤマメ伝説の「音坊ヶ淵」の舞台とされる場所なわけであるが、山村民俗の会「あしなか」昭和25年(1950)には、こう紹介されている。
音坊ヶ淵
昔々、煤ケ谷(清川村集落)の村人がこの淵に釣りに来たところ、思いもよらない四尺(約132cm)余りの大ヤマメが釣れた。
村人は喜びヤマメを背負い、土山峠に向かって仏坂を登りはじめた。
しかし、突然背中のヤマメが
『天狗坊(テンゴウボウ)やー、音坊は今、仏坂を背負われていくぞう!』
といったので、驚いた村人は大ヤマメを放り出してしまった。
すると大ヤマメは仏像に変身し淵に転がり込んだとたん元の姿に戻って泳ぎ去ってしまったという。
ちなみに天狗坊とは現在の相模湖畔、青田地区にいたとされる大ヤマメの名で、青田の「天狗坊伝説」としても伝えられているそうだ。
もっとも、こちらでは大ウナギとして登場しているようなのだが。
西丹の玄倉川上流にも大ヤマメ伝説があるのだが、相模川水系中心にし、ここでは割愛。
煤ケ谷の七不思議
紹介してきた煤ケ谷と言う小鮎川上流に位置する清川村の地域には、興味深い話が多い場所で、今でこそ、温泉やダム湖などで観光地化しているとはいえ、かつては山深い文明とは少し外れた地域だったのかもしれない。
これは人によって違いはあるものの、前述の音坊ヶ淵を含める「七不思議」まで語られている地であることからも想像できよう。
横山の朝霧
不咲の椿
雨降の松
三度成の栗
女夫竹
音坊ヶ淵
送り雀
今回は6番目の音坊ヶ淵を紹介してみましたが、いずれの謂れ(いわれ)も興味深いものなのでご興味があれば調べてみてはいかがだろうか。
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