丹沢源流イワナ

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イワナという源流性生物は、水温で20℃を超えない程度の流れで生息できるヤマメに対して15℃を超えない場所に生息環境があるとされている。

湖沼のように水深があり、深部の水温は低いと想像される環境は別として、丹沢を流れる河川であればヤマメは標高で約300mより上流に姿を見せ、イワナは約600mあたりから上流で見られるようになると推測される。

勿論、放流魚の影響もあるので、釣りで名の知れた河川では生息の逆転もしばしば確認できるところではある。

ここでは基本的にこれらは避けて、在来とは言えないまでも源流地帯に生息している丹沢の自然繁殖していると思われるイワナをテーマに話を進めてみたい。

最上流のイワナたち

丹沢で沢登りやトレッキングなどをされる方たちの中には、なぜこれほど稜線が近くなっているほんの一跨ぎほどの沢の細流に魚がいるのかと驚かれた経験談をWebをはじめ耳にすることがある。

林道はおろか登山道からも流れはかけ離れているわけで、漁協などが放流した可能性も少ない場所なのである。

そういった話は林道ゲートなどの自動車止めから徒歩で山道、といっても登山道の類ではなくて大概はVルートなどと呼ばれる巻道、あるいはそのまま遡行してかのいずれにしても到達までは2時間以上かかる最上流の沢であることが多い。

例として、北アルプス黒部源流や南アルプス大井川源流では標高2,600m付近がイワナの棲息限界。他にも飯豊、朝日連邦に2,000m級の源頭に魚影を確認できるわけであり、丹沢最高峰の蛭ヶ岳でさえ標高1,673 mと標高だけで考えると、丹沢周辺のどこの高標高の流れにイワナが生息していても特に驚くことではないといえる。

蛭ヶ岳

ただし、放流などの人為的な生息(放流)だと考えれば容易いことではないわけで、そこまでして人がイワナ放流という行為をするのかといった疑問も残る。

何れにせよ、それではこれらのイワナは過去に放流された地点から遡ったものなのだろうか?

実際にイワナは3~4mの滝や堰堤を軽々と越えることが知られているし、それ以上の障害箇所があったとしても増水時に周囲を巻き、クネクネと歩くようにそれらを高巻きすることもあるのだと言われている。

実際にボク自身も渇水期において河原をのたまうように移動するイワナの姿を目撃しているし、これらの話も納得している次第である。

しかしながら、丹沢でも一般的に魚止めとされる滝や堰堤はゆうに10mを超えるものがほとんど。左右も絶壁といったものが多いのは知る方であれば、ご存じのとおりで自力で遡上した可能性は低いと思われるのだ。

イワナの放流と移植?

放流については解釈として、養殖池から河川に放つもの(発眼卵を含む)と他の河川や下流からの移植放流の二つがある。

養殖放流、在来の天然魚などそのイワナのルーツは別として、丹沢における源流帯のイワナたちは人の手を借りて現在に至っている可能性が高いとは思えまいか。

例えば、長野県南木曽町を流れる木曽川の話を例にとると、4、500年前に落人(戦に敗た避難民)として山間部に入植した人々が、安定しだしたその後の生活の中で200年ほど前にはなる江戸時代に植林や炭焼きなどの山仕事の食糧確保目的で滝上の源流部にイワナを話したという記録があるそうだ。

似たような話が西丹沢の大又沢にもあり、明治時代になって初めて集落があることが確認され、関東大震災で消滅してしまいその集落名すら記録にはないというが、慰霊のための地蔵が祭られている地蔵平という箇所がある。

地蔵平

こちらの話は悲劇的ではあるが、源流地帯にイワナが生息すれば似たような例になるのかもしれない。

こう言った歴史的な次元で話を進めると、養殖技術のない時代に下流や他の河川からの移植であるとすれば丹沢において、何処かしらに在来種がいたということになりかねない。

現在、ヤマトイワナ型やアメマス型のイワナが確認できても丹沢イワナの多くはニッコウイワナ由来であるという学術的な結果が出ていることからみると、これでは在来種はニッコウイワナということになってくる。

これもいささか軽率な話で、丹沢にイワナの在来種はなかった(ヤマトイワナの説もあり)という昨今の見解からも反するわけである。

丹沢源流イワナは昭和の置き土産?

ただし、昭和の釣りブーム時代を振り返ると今は引退されているであろう70~90歳代の気骨ある源流屋と呼ばれる渓流釣り師もかつては丹沢に多くもいたのは事実。

全国的な源流釣り師のごたぶんに漏れず、彼らは釣れたイワナを魚止めの滝や堰堤上に放しては増やし、増やしてはさらに上流に放していたそうである。

下流よりの移植放流は至極当然な成り行きなわけであって、魚がいなければ己で放流し開拓するのがゲリラ放流、まずは下流から魚止め上流への移植と考えるのが当時としてしてはもっともな話なのである。

ボクとしては、生態学上において丹沢の河川のゲリラ的な放流を控えるべきとの話もある昨今ではあっても昭和の時代はお構いはなかったはずで、最上流の魚止めを多く攻略してしまった結果が現在の源流地帯に見られるイワナの姿と捉えるのが自然な結論なのだ。

付け加えるなら令和に入った現在と比べ、特に昭和の時代は山のレジャーは華やいでいて荒廃した今からは想像もできないほどに林道や登山道も整備され、今ほどに車止めのゲートなども存在はせずにマイカーでかなり奥地まで行くことができた。ロッジなどの宿泊施設も多く運営されていた。

このあたりは現役で永く山歩きをされている方であればお分かりになるかと思われる。

過去であるがゆえに信じがたいが、若干とはいっても各河川の源流部へのアクセスも今よりは容易であった時代なのである。

丹沢の源頭で見かける魚影に彼らが現在の我々に託したイワナと考えると一抹の感動すら感じているのだがどうだろうか?

人を使い遡上するイワナ

不思議なもので、食糧確保や釣獲欲を満たすために人が上流域にまでイワナを運び、労せずといってよいほどに魚止め滝や堰堤を超え生息域を拡大している生物もイワナぐらいだろう。

それを含めてもイワナの能力の凄さに頭が下がるばかりである。

人のために数世代を重ねて一つづつ滝の上に放流を続けてついに源頭付近までの生息域を勝ち取ったとすれば、じつに不思議なもので人の生活や娯楽のためのイワナではないわけでイワナの生息域拡大に人が利用されているようでじつに滑稽なのだ。

天然やそれに近い山奥のイワナであるのに犬や猫ほどではないにしろ、これほどまでに人と密接に関わっている生き物も考えてみればそう多くはないのではないだろうか?

さて、この丹沢主脈の源頭付近で見られるイワナたちには共通点がある。

それは一言にデカイ。ここまで来ればと言いたくもなるが、稚魚や小ぶりなものは見当たらず居れば大物と言った具合で時に40㎝を超えるものも確認できる。

なぜなのかという疑問なのであるが、答えとするなら稚魚はサケ・マスの本能なのか、孵化すると稚魚はある程度は下り(流され?)、能力の優秀なものが最上流である源頭付近まで遡って来るといったことではないかと思っている。

あくまでもボクの仮説ではあるのだけれども、放流・移植や産卵などのある程度の限界がある中で、最後の魚止め以遠の遡上はイワナの能力にゆだねられ、最源流までは自力で到達している可能性が高いと考えている。

よって、大きく成長し運動能力が優れたものだけが源頭付近の流れまで達する。結果的に大物だけが存在するといった具合だ。

分水嶺を越えるイワナ?

記憶に乏しいのが残念ではあるが、沢を詰め上り稜線の向こう側の沢にイワナは移動することがあると何かの記事を読んだことがある。

この話が無きにしも非ずということであれば、丹沢でも稜線に○○川乗越 (のっこし)や○○沢の乗越という場所が多いが、これらは少し(時に大きく)窪んだ稜線の地点で、 つまりは沢として水が流れ始める谷の始まり。しばしば、反対側にも谷が下っていることが多い。

乗越(のっこし)

ここまでくるとさすがに普段は涸れ沢であるのが普通なのだけれど、大雨など条件がそろえば待機していたイワナが 一気に駆け上り、ぬかるむ稜線登山道の乗越を横切って反対側の別水域である最上流に転がるように移動してしまうという事も想像もできる。

要するには、分水嶺までも越えてしまう可能性が十分にあるわけだ。

いずれにしても大滝や人の作った越えられない堰堤なども人も利用して遡り、さらなる生息域の拡大をやってのけるイワナという生物に改めて魅力を感じている昨今なのである。

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