八菅神社と八菅山いこいの森を歩く

最近は歩くことが多くなった愛川町の八菅山。

都心からも近いので最近では、都内や横浜あたりから訪れる方も多くなったようで、平日でもハイカーやバードウォッチャーなどに人気が高い場所になっているようです。

ボクのつたない写真などとともに紹介してみたいと思います^^

都心からも近い意外なパワースポット八菅神社

八菅神社の石積階段

古の昔、相州八菅山光勝寺と呼ばれ、壮大な伽藍をもっていたと伝えられるこの地も明治の神仏分離政策で神社のみとなり、ひっそりとした存在になってしまっていたようです。

現在でも周囲には自動販売機程度で、観光目的の商店すら一軒もない静かなたたずまいをとどめています。

しかし、この神社は歴史的にかなり古く、じつは県内でも有数のものであるようです。

神奈川県神社庁のHPから引用してみます。

 八菅山(はすげさん) 標高225m
この八菅山は古名を蛇形山(じゃぎょうさん)といった。
昔大和武尊が坂本(現在の中津坂本地区)でこの山を眺め山容が龍に似ているところから名付けられた。
そしてこの山中には蛇体の各部分にあたる池の名が今も残っている。

大宝3年(西暦703年)修験道の開祖役の小角(役の行者)が日本武尊ほか6神を祀り修法を行った。そのとき八丈八手の玉幡が山中に降臨し神座の菅の菰から八本の根が生え出たという。

そこで山の名を八菅山とよぶようになった。これが八菅神社のはじまりであると伝えられている。
この八菅山を前にした丹沢山塊一帯は山岳信仰の霊地として修験者(山伏)たちの修業道場として盛んであった。

この連なる山々には幣山、法華峰、経ケ岳、華厳山、法論堂など今も残る名は巡峯の要所であったことを教えている。

神奈川県教育委員会・愛川町教育委員会

ソースはこちら » 神奈川県神社庁 http://www.kanagawa-jinja.or.jp/

八菅神社境内

また、古文書などからもわかるように当時の山伏は武装集団の側面もあり、とくに北条傘下の山伏は、この八菅山七社権現や日向薬師(伊勢原)、心源院(八王子)などが北条勢の軍の一部として、諜報活動・戦闘部隊として参戦していたのは知る人ぞ知る話である。

ちなみに御祭神は、

  • 国常立命 ( くにとこたちのみこと )
  • 伊弉諾尊 ( いざなぎのみこと )
  • 伊弉冉尊 ( いざなみのみこと )
  • 誉田別命 ( ほんだわけのみこと )
  • 金山毘古命 ( かなやまびこのみこと )
  • 大己貴命 ( おおなむちのみこと )
  • 天忍穂耳命 ( おめのおしほみみのみこと )

が祭られています。

八菅神社の梵鐘

八菅神社の梵鐘

新編相模国風土記稿の八菅村七社の項に「鐘楼元和四年(1618)鋳造ノ鐘ヲ掛」とあるのがこの梵鐘である。

三増合戦の時に義侠の死をとげた千葉金兵衛宗清の供養のために一族の者が奉造し、併せて徳川家康の冥福と秀忠の武運長久をも祈願したと伝えている。

ちなみにこの元和という年号は、徳川家康の命により、唐の憲宗の年号を用いたと言われているが、元和3月15日に「大阪夏の陣」が起きていることからもいまだに現存している価値がお分かりかと思う。

驚くべきことに、太平の世の幕開けといった徳川幕府創世記を間違いなく見つめてきた梵鐘なのである。

ボクが幼いころには、誰でも突くことが許されていたこの鐘だが、ざんねんながら現在はできない。

だが、その姿だけでも往時のまま、見ることが許されているという事は不幸中の幸いではないかと思う次第なのである^^

この点は、特出すべきところであり、家康ファン、あるいは関八州に関する歴史に興味のある歴女や歴オタには必見と強く押したい^^

熊坂(千葉)金兵衛宗清

前述の「千葉金兵衛宗清 義侠の死」について気になる方もおられるかと思うので追記したい。

「甲陽軍鑑」によれば、武田軍が三増合戦のおり北条勢の千葉氏が在陣しているところに向かって「千葉氏と言えばかつて北条と対し、互角に渡り合った衆であろう。それが北条に僕として扱われることに不満はござらんのか」と叫び、千葉氏が寝返ったとも、千葉氏は戦意を喪失したともとれる一行がある。

このことからもわかるように、惣代役の熊坂(千葉)金兵衛宗清のみならず、下川入郷(棚沢・新戸・半縄・熊坂・八菅の5カ村)の村人達が北条方から「領内にありながら武田方に加担した」との疑いをかけられたそうです。

そこで、宗清は村人が犠牲となるのを恐れ、「責任は私にある」として一人縛につき津久井の明日原で斬罪に処せられたというのが、義侠の死の経緯といったところ。

とうぜんながら、領内にある「八菅山七社権現(神社)」と密接にかかわった人物であったことに疑う余地はない。

ちなみに、いまでも地元には「熊坂」姓が多い。

続・八菅神社と八菅山いこいの森を歩くで紹介している中津地区の旧街道、「山十邸」近くに神明社(楠神社)が存在するが、ここに村人達はその遺体を引取り五輪の石塔を建て墓印としたとのこと。

その後慶安2年(1649)1月、神明社勧請にあたり金兵衛の石塔を埋めその上に一宇を造立したとされます。

境内には天保2年(1831)の衜祖神(どうそじん)が建立されており、八菅神社の梵鐘同様に現存しています。

八菅神社護摩供養火生三昧の修法

八菅神社の護摩堂

毎年3月28日正午、愛川町八菅神社の例大祭が行われる。

ほら貝の先達に導かれた山伏が神社拝殿下の広場に歩みを進め、古式豊かに火渡護摩修法が執り行われ、燃えている火の中を山伏たちがゆっくり歩き、最後には観客も火渡りが許される。

役の小角をはじめ、ヤマトタケルノミコト、松尾芭蕉など、名だたる歴史上の人物も石碑などから見え隠れする意外なパワースポットです。

八菅山という名の謂れ

八菅山光勝寺跡

前述の神奈川県神社庁のHPによる八菅山の説明の補足にもなりますが、八菅山と日本武尊に関しては「新編相模風土記稿」下之巻二、「八菅山」の項に以下の記載がみられます。

相伝フ日本武尊東征ノ時。此山ヲ望ミ形チ龍二似タリトテ。蛇形山ト名ケシトナリ。今山中二左眼池右眼池鼻池口池舌畑等ノ唱ヘアルハ。当時ノ稱呼残セルナリト云。

日本武尊東征が東征の時にこの山を望み、形が龍に似ていたので、蛇形山と名付けた。

現在も当時の呼称どうりに山中に左眼池、右眼池、鼻池、口池、舌畑などと言われる場所が残っています。

また、参考資料などによれば、ここには神塚があり、日本武尊が鉾を立てたところとされ、五輪塔が建っているとのことです。

しかし、この神塚という名の塚については、教城坊塚と梵天塚があるだけで、現地には見当たりません。

梵天塚

おそらくは五輪塔のある梵天塚のことでしょうか。

この梵天塚は修験道で祈祷に用いる梵天(幣束)をたてたことにちなむ名と解釈されているようです。

はっきりとはしませんが、宗教的なことから鉾が幣束にとりかえられた可能性もあります。

いずれにせよ、蛇形山が現在は「八菅山」と号された理由は、「新編相模風土記稿」によると次にあります。

又八菅山ト号スルハ大宝三年。七社権現勧請ノ時奇瑞アリテ。名ヅケシト云。

また、八菅山と号するのは大宝3年(703年)(修験道の開祖である役の行者がこの地を訪れ)、七社権現勧請の時、「奇瑞」があって名付けたと言われる。

奇瑞とは何かというと七社権現の項を読むとこう書かれています。

昔八丈八手ノ玉幡(ぎょくばん)が天よりこの山に降臨し、八本の菅根が忽然と生え出した。それ故に八菅山と称す。

ちなみに玉幡とは高御座(たかみくら)の八角の棟の下にかける旗の形をした飾りで、メノウや水晶などの宝玉で飾られた幡なので玉幡と呼ばれています。

以上が、八菅山の由来のようです。

八菅神社社叢林(しゃそうりん) 神奈川県指定天然記念物

クロガネモチの巨木

また、最近ではこの神社は、巨木マニア?にも知られているようです。

中津川に面した八菅山の集落に続く丘陵の海抜100~170メートルの南側斜面から東側斜面にかけて八菅神社の森と称されるスダジイ林が発達し、 一部にスギやヒノキが埴栽されているが、二百段を超す階段わきの山道周囲には樹高15メートル以上のスダジイ林が自然植生として生育しています。

アカシデ、ヤマモミジ、ハリギリを混えスダジイが優占する森を形成し、ヒノキ、サカキ、アラカシ、ツルグミ、クロガネモチ、などヤブツバキクラスの常緑の自然植生の厚生種が多く生育しています (クロガネモチの巨樹(町指定天然記念物)は高さ 20m、目通り2.3m、樹齢 250年)」。

この森は相模平野にそって海岸から比較的内陸まで生育するスタジイ林(ヤブコウジースタジイ群落)が25,000 m2 以上まとまって残存する極めて貴重な森林であるとされています。

巨木に関心のある方はこれだけでも一見の価値はある神社だと思います。

あわせて歩きたい八菅山いこいの森

いこいの森

近年では、丹沢のオオルリなどの野鳥が都心からのアクセスの良いところで観察できるとあって、バードウォッチングをされるかたに人気が高いポイントになっているようです。

ここは、山野草の観察や、昆虫観察などにもおススメのスポットです。

あおぞら館(トイレあり)、あおぞら広場、トンボ池、アスレチックなどもあり、子連れはもちろんのこと、とても静かで大人が訪れても十分に楽しめる施設だと思います。

八菅神社と八菅山いこいの森へのアクセス

駐車場利用時間は、午前9時~午後5時
11月1日〜1月31日の間は午後4時30分で閉鎖。
青空博物館駐車場は、12月29日〜1月3日の間は閉鎖。
時間に関わらず、荒天等により閉鎖する場合ありとなっています。

所在地住所 〒243-0305 神奈川県愛甲郡愛川町八菅山139
交 通  小田急線本厚木駅から上三増又は愛川町役場行きバスで「一本松」下車徒歩25分
問合先  愛川町環境経済部商工課 電話046-285-2111(代)FAX046-286-5021